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研究生活から離れて10年に思うこと

昨日、以下のような個人ブログの記事を見つけて、感慨深い思いになりましたので、一筆書こうと思い立ちました。

コンピュータ科学の博士課程にきて初めて分かったこと4つ

著者の方はコンピュータ科学の中でも「ユーザーインターフェース(UI)」がご専門のようです。 私が専門としたのは「パターン認識」と呼ばれる分野で、特に「感情音声認識」という分野をやりました。これもれっきとしたユーザーインターフェースなのですが、寡聞にして、記事中に触れられている国際学会は知りませんでした。私が大学にいたのはもう10年も前の話なので、最近できた学会かもしれません。

ともかく、私がこの記事に非常に親近感を感じたのは、最初に挙げられている以下の4つの項目に、まったく同感だったからです。

  • 研究には時間がかかる
  • フルペーパーを書くのは大変
  • 新規性は大きさよりコントラストが大事
  • 研究生活は自律心がないとつらい

詳しくはぜひ記事を読んで頂きたいのですが、もし私が博士課程に行く前に、このことをよく分かっていれば、また違った展開になっていたかな、と思うのです。

私がいた当時の博士課程では、上記のフルペーパーに相当する論文を、3年間の課程で二本通すことが、必須条件になっていました。これがどれだけハードかというと、通常、フルペーパーというものは、書き始めてから論文誌に掲載されるまで1年は見ておかないといけないからです。 投稿した論文が一発で採用されることは極めて稀で、通常は査読の段階でコメントが入って書き直して再提出したり、最悪リジェクトされることさえあります。 そういうやりとりにかなりの時間が掛かるのです。

それを3年間で2回通すということは、単純計算であと1年しか残っていないことになります。その残りで博士論文を書いたり、国際会議で発表したり、ということになります。 段階を追って行っていたのでは当然時間切れで、同時並行にやらねばならないことは明白です。つまり、上記の4番目にある、高い自律心をもって、スケジュールを厳密に定め、目標に向かって一直線に突き進む。そういう資質が不可欠です。 私に足りなかった一番大きなものは、この分野かなと思っています。

もう一つ、フルペーパーに要求されるのは「新規性」です。修士論文までは、新規性はそれほど重視されないことが多いでしょう。誰かがやっている分野を少し改良した。それで十分な場合が多いことでしょう。しかし、博士課程ではそうはいきません。 まだ誰もやっていない/主張していない何らかの方法や理論、あるいは応用を開発しないと、認めてもらえません。

しかしこれが実に難しい。 ほとんどの分野は、誰かが何かやっています。 もし人がやっている分野に進むのであれば、その分野の論文をしらみつぶしに精読して穴を探さなければなりませんし、人がやっていない分野を探すためには、もっと広い分野を網羅しなければなりません。しかも、ただ網羅するだけではダメで、「理解しなければならない」訳です。そうして初めて、どこが未開拓の分野かが分かる。 しかし、正直な所、それが分かれば苦労しないのです。修士課程から継続した分野であれば、未開拓の部分はある程度分かってきているはずですが、それでも難しい。

結局、「何をテーマに選ぶか」で運命が決まる、ということになります。実際、これが博士課程の現実だと私は思います。3年間のかなりの部分を費やしてから、「これはものにならない」と気づいても、手遅れです。それからやり直しても時間が足りません。 そうすると博士課程を課程としては終えたけれども、博士号はもらっていない、ということになります(「博士課程単位取得退学」とか、「工学博士」と書かないで、単に「博士課程修了」と書いてある場合は、十中八九、このパターンです)。

私の場合、当時私が従事していた「感情音声認識」という分野は、まだ余り注目されていない分野で、現在、「Siri」に代表されるような音声認識花盛りの時代となることを考えれば(当然それを予想していましたが)、いくらでも新規性を発揮する場面はあったと思います。 しかし、当時の私は、自分の将来はコンピューター科学なのか、それとも神学なのかで悩んでいました。その結果、何をテーマにするか、以前の所で足踏みしながら1年が経ちました。

1年がたってようやく私も、冒頭に引用した4つの事柄を理解し始めました。 コンピュータ科学の分野で自分が芽が出るには、厳しい面がある、ということを認めざるを得ない。そう思った訳です。

・・・

その後私は神学校に4年間行きました。 私の母校は、大学卒業者を対象にした神学校であり、神学教育としては、いわゆる「Master of Divinity (M.Div)」と呼ばれる課程に相当する教育を行っており、修士号に相当するものです。

正直に言いますと、私はこの4年間で、初めて「学ぶ」ということはどのようなことか、「人を教えるとはどういうことか」を学んだ、と思います。 これだけ勉強したのは受験期にもなかった、と思う程勉強したつもりですし、本も大量に読み漁りました。 しかしもっとも大きかったのは、卒業論文の指導を受けた経験です。

私の卒論の恩師は、古代オリエント学、特にある遺跡の研究にかけては世界的な権威と呼ばれる方です。 しかし、「世界的な権威」とは裏腹に、実に気さくで、学生達とも距離が非常に近く、無知な私の無鉄砲な質問や議論にも、丁寧に受け答えして下さる姿が印象に残りました。 何より卒論指導においては、「いま、限られたこの時間で君にできることは、ここからここまでのことである。 ここから先は次の論文の範疇であり、さらに先のことはライフワークになる」という、成すべき物事の範囲、というものを明確にして下さったのです。

私は、論文指導に置いて、学生が最も求めているのは、このような大所高所から、「カバーすべき範囲」を明確にしてくれることだ、と痛感しています。 なぜなら、私が大学時代、最も必要としていて、結局余り得られなかったのも、そこだったからです。

「若さ」ということは、無限に伸びる可能性を秘めている反面、本質で無い枝葉のことに労力を浪費する危険性と隣り合わせです。 そういう若者には、「そこをやっても伸びない。いま君にできることはこれだよ。そこから先は次のステップだ」と、率直にアドバイスしてくれる師が必要なのです。 私にとって神学校時代の恩師は、まさにそのような存在でした。

これはまた、換言すれば「枝刈り」とも言えます。 ヨハネ15章に書かれている、「ぶどうの木」のたとえそのものです。 あの箇所で、農夫である神は、「もっと実を結ぶために、実を結ばない枝を刈る」とあります。 まさに、この働きを担う。 それが指導者としての役割だと、今では痛感しています。

・・・

人生とは面白いもので、私が一度は離れたパターン認識の知識(今となっては貧弱なものですが)が、聖書本文解析の分野で役に立っています。

私にとっては、コンピュータ科学の分野をあのまま続けていても、芽は出なかったでしょう。 当時の私を知る方々は、恐らく皆さん、そう思っておられると思います。 自分でもそう思っているのですから。 研究者としての私は、まことに貧弱な存在であり、プレッシャーとアイデンティティの危機との闘いの中にもありました。

しかし、今牧師として、はまったく別の道にいますが、あのときの経験は決して無駄にならず、しっかりと生きています。 そして、あのとき私が経験したのと同じようなプレッシャーを経験している人々の気持ちが、よく理解できますし、そこに寄り添いたいとも思っています。

・・・

研究生活から離れて、ちょうど10年になりました。回り道ではありましたが、神様はいつも真実であることを、実に味わい深い実感をもって感じている私がいますから、感謝です。

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